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奇跡の起こらない聖夜(創作) [創作]

     奇跡の起こらない聖夜


   第一幕:子供の事情

   第一場:教室で


 賑わう休み時間の教室中が注目したほどに、どっと起こった笑いがとり囲む中で、拾ったばかりのごみを屑籠に放ると、周りに反発するように彼は軽くあごをあげた。
 
 おかしなことは言っていない、お前らがおかしいんだと、無言のままに眼差しで語る。 

 その様子にひときわ大柄な少年が明らかな侮蔑を声に混ぜて言った

 「ジャスティン君はいくつかなぁ?もう五歳になったのかなぁ?」

 「お前と同じ十歳だよマック。」

 そう呼ばれた大柄な少年は再び笑った。

 「十歳にもなってなんだって?サンタがいる?おい聞いたかみんな。」

 周りの者達も口々に彼を馬鹿にするような言葉を漏らした。

 「あのなぁ?ジャスティン、朝枕元にプレゼントがあるのはな?親が置いてんだよ!」

 「マック、そう言う事言っちゃかわいそうだよ。ジャスティンちは貧乏だからいつもプレゼント無いんだから。」

 「そうそう、買えない親だっているんだよ。察してやれよマック。」

 周りから浴びせられる声に眉を寄せるジャスティンだったが、取り囲みのさらに外から声が飛んできた。

 「ちょっとひどいわよ!ジャスティンの家にはお母さんしかいないの知っててそんな事言うなんて!」

 「いいんだ、ニネット。こいつらは知らないだけなんだから。」

 ジャスティンが周りに聞こえるようにそう答える。

 「おいおい、ニネット、まさかお前までサンタはいるとか言い出すんじゃないだろうな。」

 マックに振り返られた少女は小さく戸惑いの声を漏らしたが、わからないわと相手を見て答えた。

 「わからないわ。夜中まで起きていた事がないんだもの。だから居ないなんて言えないわ。」

 するとマックの隣の少年がくすくす笑った。

 「それは居るとも言っていないな。ニネットも苦しいよな、ジャスティンの味方をしたいけどそうできないんだから。」

 「何よネオ!じゃぁあなたは居ないって言いきれるの?なにかその証拠でもあるって言うの?」

するとネオはじゃぁと意地悪い笑みを浮かべて言った。

 「プレゼントが来ないジャスティンは悪い子だって事だ。」

 それはと口ごもるニネットだったがジャスティンは顔を伏せずに言った。

 「見える形ばかりでプレゼントが来ると思うからそうなんだ。気づかない形でのものだってあるはずだ。」

 「それのどこに意味があるんだよ。」

 マックを始め周りがさらに笑った。

 「サンタに手紙を書く、これこれこいうものくださいってな。親がそれを読んで買ってくる。これならわかる。けどな、サンタに手紙が届いたなら、サンタはなんで子供が欲しがるものじゃなくて見えもしないもらったかもわからないもの置いて行くんだよ。そりゃ都合よすぎじゃないか?ジャスティンちゃん。」

 そうだそうだと野次が飛ぶ。

 「もうやめなさいよ!大勢で寄ってたかって!」

 ニネットが二人の間に割って入ったがそれは逆効果にジャスティンを怒らせた。

 「よしてくれ!それじゃ俺が間違っているみたいじゃないか。」

 「ジャスティン… 私はそう言う訳では… 」

 勢いをなくすニネットの味方をしたのはマックだった。

 「おいジャスティン、今のはお前がまずいぞ。ニネットはお前の味方をしたんじゃないか!」

 「へぇ そうかい。」

 ジャスティンはゆっくりと囲みをこじ開けて去ろうとした。

 「まてよ、お前がそこまで言うのなら一つ賭けをしようじゃないか。」

 マックの申し出にジャスティンは足を止めテ顔だけ振り向かせる。

 「そこまでサンタがいるってならお前の中で確証があるのだろう。俺もいないって事に対してひっこめる気はねぇ。だから勝負だ。」

 「どういう事だよ。」

 振り向いたジャスティンを真っ直ぐ見ながら言った。

 「お前はサンタに手紙を出せ。『この街のどのツリーよりも大きなクリスマスツリーを下さい、他のものは一切要りません』ってな。」

 「ツリ―?」

 「ああそうだ。どのツリーよりもでかい奴だ、ロックフェラーに負けないような奴だぞ?」

 「そんなものが持ってこれるものか!」

 「サンタだろ?何でもありじゃないのか?世界中の子供へのプレゼントが入る袋ならでっかい木が入ったっておかしくないじゃないか。」

 再び笑いが起こった。

 「それとも何かい?サンタには無理だってのか?」

 「いいだろう。」

 ジャスティンは低く言った。

 「は?今なんて言った?」

 マックが耳を向け手をあてる。

 「それでいいって言ったんだ。」

 「よし決まりだな。」

 満足そうに腕を組むマック。

 「もしサンタが来たなら、今年俺に届いたプレゼントをお前にやるよ。最新式のゲームのセットさ。もちろんサンタの所にいる妖精には作れない代物だけどな。」

 「来なかったらどうすんだマック?」

 ネオが言う。

 「べぇつに?こいつが笑い物になるってだけだろ?何もいらねぇよ。勝つってわかっているのにペナルティ科すのはひでぇからな。」

 「だったら、私があなたにあげるわよ!」

 ニネットが身を乗り出して言った。

 「もしサンタが大きなツリーを持ってこなかったら、私の所に届いたプレゼントをあなたにあげるわ!」

 マックとネオが顔を見合わせる。

 「おままごとのセットをもらったって嬉しかないからなぁ。」

 自分も子供扱いされ顔を真っ赤にするニネットだったがそれ以上何も言わなかった。

 だったらとジャスティンは言った。

 「朝礼で校長を押しのけて叫んでやるよ。俺がサンタがいるって信じていた間抜けだってな。」

 ヒューとマックは口笛を吹いた。

 「上等だ。折角いい条件にしてやったのに。言いだしたのはお前だからな。」

 ジャスティンは相手を見つめたまま一度うなずいた後その場を後にした。

 小さく笑い合うマックとネオをニネットは唇を結んで見ていた。


   第二場:ジャスティンの家


 日当たりのよくない狭い通りに面したくたびれかけた建物の二階。
 ガチャガチャと耳障りな音を立て、古い形式のカギを開くとジャスティンは挨拶も無しにそのアパートの一室に入った。

 リビングのテーブルの上には紙幣が一枚置いてある。

 カバンを置く代わりにそれをポケットに無造作に突っ込むとジャスティンは座る事もなくドアに向いた。

 ノブに手をかけそれを引くとノックをする仕草のニネットの驚いた顔と目があった。

 「こんにちはジャスティン。」

 「ああ、なにか用?」

 ぶっきらぼうに返すジャスティンにニネットは一度目を泳がせた後にこりと笑った。

 「うん。」

 「そう、入る?」

 ジャスティンが脇をあけるとニネットは頷いてそこを通りぬけた。

 「ご飯を食べに行くところだった?」

 「まぁね。」

 首をすくめながら扉を閉めるとジャスティンは暖房のスイッチに近づいた。

 「ああ、平気。私寒いの好きだから。」

 「そう。」

 「ごめんね、食事に行くところだったのに。」

 すまなそうな顔をするにネットにジャスティンはいいさと答えた。

 「それで、どんな用?」

 ニネットはうんと微笑んだ。

 「なんていうか、あの、約束?どうするのかなって・・・。」

 「約束じゃなくて賭けな。」

 ニネットの言いたい事がわかってジャスティンは目をそらした。

 「うん、それ。もちろんサンタさんはいないと言いきれないけど、でももしよ?もし来られなかったらどうなのかなって…。だってそうでしょ?サンタさんが毎年来るとは限らないし、たまたま届けられない事情とかもあると思… 」

 「いいさ。」

 ニネットの言葉が終わらないうちにジャスティンは言った。

 「それならそれで良いさ。」

 よく知るジャスティンのそれとは違う声色にニネットは心配そうに眉を寄せた。

 「だって…」

 「良いんだよ!」

 ぴしゃりと言い放たれた言葉にニネットは言葉を詰まらせた。

 二人とは関係のない声や雑音が沈黙を満たす。
 それはクリスマスを前にした楽しげなやり取りであったり、外を歩く浮かれたもののクリスマスソングだったりした。

 ニネットがジャスティンにかけてよさそうな言葉を選びあぐねていると相手の口から小さな声が漏れた。

 「良いんだよ… 来なきゃ来ないで… いないならいないでいいんだよ…。」

 それがあまりにも悲壮に満ちていてニネットは声を出さずにはいられなかった。

 「ジャスティン、何も私はいないなんて、そんなことは言っていないわ。」

 ジャスティンは窓に顔を向けた。

 「うち、暖炉ないだろ?だから来てくれないんだと思っていたんだ。プリスクールでサンタは暖炉から来るって言ってたからさ。」

 「ええ、知ってるわ。だから気付かないのかもしれないって。それでなんでしょう?いつもゴミを拾ったり、お腹空かせた猫に餌あげたり、お婆さんを支えてあげたり。いい子にしていれば気づいてもらえるかもしれないって。」

 「ダサいよな。」

 ニネットは髪が広がるほどかぶりを振った。

 「私、すごいと思ってたよ。だって、ジャスティン誰にも何にもその事言わなかったじゃない。」

 するとジャスティンはゆっくり首を振りながら自虐的な笑みを浮かべた。

 「すごかないさ。やっぱダサイよ。」

 「そんなことない!」

 「あるさ。だってそれは全部、サンタに見てもらいたくてやってた事なんだ。ほら!俺はこんないい子です!だから来て下さい!見つけてください!… ご褒美目当てだったんじゃないか!それは本当にいい事をしている訳じゃないよ。」

 「いいえ!助かっている人がいるんだから良い事よ!ジャスティンは良い事をかさねてきているわ!」

 「じゃぁなんで一度も来ないんだよ!」

 ジャスティンはニネットに真っ直ぐ向いて叫んだ。
 そして、自分がやつあたりした事に気づき、ごめんと漏らした。

 「ジャスティン、自分で言ったじゃない。見えるものだけを配っている訳じゃないって。」

 ニネットがやや抑えた声で、しかし相手を見つめてそう言った。

 「言ったのは俺じゃない。神父様だ。」

 「だったら余計に間違いは無いはずよ。」

 ニネットは言ったがジャスティンは首を振った。

 「神父様だって勘違いはあるさ。勘違いは嘘じゃない。だから罪にはならないさ。」

 目を合わせようとしないジャスティンにニネットはやや大きな声で言った。

 「でもジャスティンは信じているじゃない!」

 「そうじゃない!信じているんじゃない!…」

 真っ赤になった両目でジャスティンはニネットに叫んだ。

 「そうじゃないんだ。信じたいんだよ!俺だっていない事くらいわかってる!空を飛ぶそりに乗った爺さんが?寒風吹きすさぶ中世界中を回って、何億人いるかもわからない子供の所に一晩で贈り物を届けるだって?!馬鹿げてる!そんなことできる訳ないじゃないか!」

 早口でまくしたて、言葉にならなかった分の感情が両まなじりから次々あふれ出すジャスティンの姿にニネットは胸を詰まらせ、自分の鼻もひくつかせていた。

 「そんな馬鹿な事ありゃしないって事くらい俺だってわかっているんだよ!何もおもちゃが欲しい訳じゃない!でもさ!でもさぁ!」

 感極まった少年は一度そこで言葉を詰まらせた。そして、胸のつかえを絞り出すかのように言った。

 「いたっていいじゃないか!裕福とか、貧しさとか、そんなの関係なく、みんな平等に与えられる幸せがあってもいいじゃないか!そうだろニネット!生まれとかさ、母子家庭とかさ、そんなの関係なく救いがあってもいいじゃないか!クリスマスだぞ?クリスマスくらいそんな事があってもいいじゃないか!」

 めったに弱みなんて見せない幼馴染が事もあろうに女の子の前で泣きわめく姿にニネット自身も大粒に涙を次々こぼしていた。

 喉が痛くて声が出なかったものだからただ必死に大きく首を縦に振っていた。

 「だから一度、一度だけでよかったんだ。そう言う事が起こるんだって、一度だけでもそう言う事があったなら、世の中理不尽だけじゃないんだって思えるから…。」

 ジャスティンは顔をぬぐった。

 「でも、良い機会だ。確証もないのに信じ続けるって事は正直もうきついんだ…。だから今回の賭けで終わりにする。」

 「だから… あんな無茶な賭けを受けたの…?」

 ニネットが鼻をすすりながらようやくそう絞り出した。

 「そうさ、サンタが本物の奇跡なら起こって見せろ。そうじゃないんならこの世に奇跡なんてないって受け入れていくさ。」

 ニネットは相手の名を呟き、そして唇をかみしめた後真っ直ぐその目を見つめて言った。

 「私は、いると思うよ。サンタさん。」

 「どの道わかる。」

 「じゃぁクリスマスの朝まではちゃんと信じましょう。いて欲しいじゃなくているって事にしましょう。私もそうするから。」

 ジャスティンはバツが悪そうにこっくりとうなずいた。

 「ごめん、ニネット。」

 「いいの。だから笑って、ね?ジャスティン。」

 ジャスティンは頭を掻いた。

 「ちぇ、カッコ悪いな俺…。」

 良いじゃないとニネットは笑った。

 「どうせだれも見ていなかったわ。私もね。」


   第二幕:聖夜

   第一場:中央大公園


 多くの者がいつもよりもいくらか幸せな気持ちに包まれながらそのひとときに感謝し、子供たちは明日の朝に胸を躍らせながら、ベッドに入る。そんな特別な夜がやってきた。

 近年まれに見る猛烈な寒波によって白銀の世界に染め上げられた聖夜の街は、数え切れないほどの人間達が住んでいるのがまるで嘘であるかのように沈黙を守り、ガラス一枚隔てたあたたかく穏やかな世界とは一線を画している。

 その寒さと美しさと静けさでぞっとするような中を、身を丸めながら少年は歩いていた。
 
 賭けの勝敗を決めるために必要な事はサンタが実在するかどうかであり、巨大なツリーが建っているかどうかではなかった。

 その為ジャスティンもマックもサンタがジャスティンの元に来るか来ないかで結果を決める事になっていた。
 そうでなければ何かしらの手段を使ってツリーを手配したのちマックに見せれば良い事になってしまうからだった。

 どこよりも巨大なツリーをジャスティンの枕元に届けさせることはさすがに無理である事はマックも理解していたので、クリスマスイブの夜にジャスティンが屋外にいることを提案した。

 ジャスティンはならばビルが建つ建設予定地があると言ったが、、どうせならもっと大勢に見える方が良いとマックは中央大公園の中心に位置する芝原にしようと言った。

 ジャスティンは母親が自分の寝顔に興味がない事を知っていた。だから集めておいたガラクタであたかも子供が眠っているかのように布団を盛り上げ、彼女の帰宅よりも早く家を抜け出していた。

 冬用の厚手の靴の底を通して来る地面の冷たさに足裏を刺されながら、強く吹き付けるビルの谷間風を必死に耐えてマックと示し合わせていた中央公園の入り口にようやくたどり着くと、既にそこには彼と見届け人を申し出たネオがいた。

 「逃げずに来たな。」

 「そっちもな。」

 三人が合流し、目的の場所に移動しようとしたその時、吹きつける強い風の中に意外な声が背を追い掛けてきた

 「待って―!」

 三人が顔を見合せて振り返ると真っ白い息を弾ませながらニネットが駆けて来るところだった。

 「なにしに来たんだよ!」

 ジャスティンが思わず声をあげる。

 そんな事などおかまいなしに三人の見守る所にたどり着いた彼女は膝に手をついて荒い息を整える。

 「こんな寒い中、女子が来る事はなかったんだ。」

 マックが呆れたように言う。

 するとニネットは荒い息の間から返事を絞り出す。

 「あら、私だって、賭けに… 加わって… いたはずよ…!」

 「帰れよ。結果は明日教えるから。」

 ジャスティンもそう言った。

 「そうだよ。今日は冷え込むらしいぜ?」

 ネオも首を振ったがニネットは従わなかった。

 「私だけのけ者にするつもり?もし置いていくって言うんならあなた達のお母さんにこの事ばらすんだから。」

 三人は再び顔を見合わせた。
 さすがにそんなことで計画が中止されたのではまた一年待たなくてはならなくなる。

 「わかったよ。その代わりきつくなったらちゃんと帰れよ?女子の面倒なんて見ていられないからな。」

 マックが渋々そう言うとジャスティンも首をすくめた。

 「あら、女子が男子よりひ弱だなんていつ決まったのかしら。マックこそ音をあげて逃げ出さないでよね。」

 四人になった一行はイルミネーションで明るく照らされた入口を後に、木々の茂る園内に進んで行った。

 ビル風の吹かないそこはいくらか体感温度が和らいだものの、照明があまりに乏しく、淀むように曇った空が星明かりを隠しているせいで子供たちの不安を煽った。

 しんと静まり返り、雪を踏む足音だけが響く中、子供たちは黙って歩いた。
 聖夜の家を抜け出してきている後ろめたさと凍てつく寒さから軽口を叩く気にはならなかったからだ。

 葉をすっかり落とした辺りの木々は闇の中でのたうちまわる異形のように禍々しく見え、近づくのをためらわせ、誰かが遊びで作ったであろうあちこちの点在してている雪だるまさえも今は可愛らしいと言うよりも不気味に思えた。

 昼間の様子は知っていたのに夜の姿を初めて体験した子供たちは思いのほか心細くなっていた。
 その為なのか目的の地点につくまで予想よりもずっと時間がかかってしまった。

 大芝生の広場は春や夏には大勢の人々が押し寄せる非常に人気の高い場所だ。
 走り回っても球技をしても問題にならないくらいの広大な広さと大空がある。
 しかし12月の現在は閉鎖されていて誰も入る事が出来ない。
 子供たちはここにたどり着くとそのエリアへの侵入を防いでいるフェンスにとりついた。

 マックがネオを肩にのせ、立ち上がった上でフェンスに手をつきながらネオも立ち上がり、これをよじ登って乗り越え、向こう側にぶら下がって飛び降りる。
 これをジャスティンも行い、二人が越えた向こうから縄梯子を放ってそれを掴み、マックがこれを使って登るのを支える。
 ニネットは縄梯子が固定されているのではなく、子供が二人で掴んでいるだけだと言う事が不安だったが、今さら退くわけにもいかず意を決してそれを登り、先を行った三人のようフェンスにぶら下がって飛び降りた。

 「へぇ、女子なのにやるじゃん。」

 「男子女子は関係ないでしょ。」

 怖かった事は隠して澄ました顔で言う。

 関門を突破した四人はひとけのない雪の野原に深い足跡をつけながら進んで行った。

 ただでさえ広い場所であるのに自分たち以外誰もおらず、しかも遠くにやたら巨大な建物がそびえているのが見えているといよいよ自分たちの存在が小さく思えてくる。
 その広さ一杯に寒々しい闇夜の雪色がくまなく敷き詰められ、頭上をすっかりよどんだ闇色に満たされた光景が心の中まで冷気を押しこんでくるようだ。

 ニネットはマフラーで口元を覆い、首をさらに縮めた。

 深い雪に足を取られながら四人はその広大なエリアの中央と思しきあたりまで来ると周りを見回した。

 「この辺でいいだろう。」

 マックが言うとジャスティンも頷いた。

 「しかしジャスティン、お前が寝ていないとサンタはこないんじゃないか?」

 ネオが言う。

 「それは大丈夫だ。サンタが誰にも目撃されていないんなら誰も姿を知らないはずだし、面と向かってプレゼントを渡される話だってある。基本的には寝た子の所に来る事にはなっているが、一晩寝ないと決めている子には起きている間に渡すしかないだろう。俺がもらう資格があればだけどな。」

 「じゃぁいいんだな。」

 ジャスティンは頷いた。

 ビルの間を吹き抜ける突風の様な激しいものではないにしろ、さえぎるものがまるでないここは12月の冷たい風が容赦なく吹いて来ていた。

 四人はひとまずそこに座り、意味もなく空を見上げていた。

 誰も話そうとしなかった。
 皮膚をひっかくような冷たい風が顔にあたるものだから話す事がおっくうなのだ。

 歩く事さえしなくなったものだからたいして時間がたたないうちに体が冷えてきて指先がジンジンと痛くなってくる。耳の先がひりひりし始める。冷たさのあまり鼻で息をするのもつらくなってくる。

 ろくに時間もたたないうちに子供たちはうんざりして来てしまった。

 「おいジャスティン、本当に来るのかよ。」

 ネオが言った。

 「それを確かめるんだろ。」

 めんどくさそうのジャスティンが返す。

 「一晩こんなの続けるなんて気が遠くならぁ。」

 「黙れよネオ、まだここへ来て30分も経っていないんだ。」

 マックが言うとネオは目を丸くした。

 「もうかれこれ2時間は居るかと思ったよ。」

 再びの沈黙。

 動こうとしない静物ばかりの灰色の視界を瞳に映しながら子供たちは寒さの中でじっと耐えた。
 そもそもこんな静的な事態は動的である子供にとって非常に苦痛なものであったが、雪遊びをして待とうとか、駆けまわって体を温めようとか、動き回る元気を奪う寒さがそれをさせなかった。

 根が生えたように四人は黙って座っていた。
 そのうちカチカチとおかしな音が鳴りだした。

 ジャスティンが怪訝そうにそちらに向くとネオが小刻みに震えて歯をならしていた。

 「ネオ、大丈夫か?」

 ネオは震える声で平気だと答えたが顔色は良くなかった。

 「ねぇ、みんなでくっつかない?賭けをしているからって何も離れて座る事もないと思うの。みんなで背中をくっつけて座ったらいくらかましになるんじゃないかしら。」

 ニネットが提案した。

 「そうだな、ネオもきつそうだしそうすべきだな。ネオとニネットは風下側で俺とジャスティンは風上な。良いよなジャスティン。」

 マックの言葉にジャスティンはもちろんだと答えた。

 「あら、私は寒いの平気よ。」

 「じゃぁあとで代わってくれたらいいさ。」

 「うん。」

 四人は背中をくっつけて座りなおした。

 意外にもネオ以外も体を震わせていて皆が凍えていた事が明白になった。

 お互いがいくらか風よけになった事でほんの少しだけ寒さから解放され、背中にぬくもりが感じられる。
 かと言ってそれがこの圧倒的寒さに対抗する手段になりえはしないのだが、一人で耐えている訳ではない事に少し安心できた。

 「ネオ大丈夫か?」

 「ああ、ずいぶん暖かくなってきたよ。」

 マックの問いかけにがちがちと歯を鳴らしながら凍えた声でネオは答えた。

 「本当にきつくなったら言えよ?クリスマスに風邪っぴきなんて間の抜けた話だからな。」

 ネオは返事をしなかったがこくんと頷く振動が全員の背中に伝わった。

 吹きつける真冬の風に耐えながら子供たちは身を寄せ合って待ち続けた。

 背中越しに他の者の震えを感じながら身を縮めて待ち続けた。

 せめて風を避けられる木々の間で待つ事が出来たならいくらかましだったかもしれないが、そこでは上空から現れるであろうサンタの目にとまらないのではないかとそれをよしとしなかった。

 動かない景色の中、音の無い世界で、子供たちは話す事も忘れてただ座り続けた。

 マックは何事もなくそのまま朝になる事を知っていた。つまり、サンタが登場する事はないため、朝までここを離れることはできないと言う事だ。
 腕時計を何度見てもたいして時間は経過していない。ここに来た時から今までの事を考えるとその何倍もの時間を同様に過ごさなくてはならない。
 ぞっとするような苦行だ。
 それでも今さらやめる訳にはいかない。言いだしたのは自分であるし、実際の所自分にはのどうでもいい事であっても相手は本気で受けてきたのだから。

 ネオは後悔していた。
 そもそもサンタが居ようといまいと自分にはどうでもよい事だった、クリスマスの朝にプレゼントが届いていれば贈り主がだれであろうとそんな事はどうでもよかったのだ。
 しかしつい面白そうな馬の尻にのってしまったのだ。
 とはいえ、ここまで話が動いてしまったうえ、今さらマックに口出しなどできないのが実際だった。
 なんで自分までこんな目につきあわされなくてはならないのだろう。
 本人たちで勝手にやってくれたらよかったのに。

 ニネットは祈っていた。
 サンタが実在しますように、ではなく、サンタがジャスティンの元に来てくれますようにと。
 これまで彼が重ねてきた事の総てを見てくれていますようにと。
 そうでなければこの先のジャスティンはきっととても脆いものになってしまう。
 世界は最後の良心を残してくれていますようにと。

 ジャスティンは何も考えないようにしていた。
 今夜起こる事、起こらない事、すべてをありのままに受け入れる事に決めていた。
 先入観を持たず、期待も悲壮感も持たず。
 ただ、聖夜の奇跡が起こるのかどうかを見極めようと思っていた。

 吹きつける風の中に冷たいものが混じり始めていた。
 再びの雪の予兆にも子供たちはいつものように心を躍らせることはなかった。


   第二場:起こらない奇跡


 言葉をなくしてしまったかのように押し黙ったままの子供たちは降りしきる雪の中に背を預け合って座りこんでいた。
 寒さに慣れたのかそうでないのか、いつしか体の震えは止まり、身を切るような痛みはあまり感じなくなっていた。
 それはただ待つしかない身としてはとてもありがたい事で、そのまま身を凍えさせる事もなく待ち人の登場まで過ごす事ができればなどと思えた。

 身を縮め、膝を抱えていたものだから皆すっかり雪にまみれ、誰が誰だかわからなくなってしまっている。
 冷たいはずの雪だが逆にそれが風よけになってくれているのだろうかと思ったりあるいはどうでもよかったりした。

 体も心も淀んだ夜に染まった黒い雪に覆われ、凍りついてしまったかのように動かない。
 そんなさなかにそれは起こった。

 光がさした。
 それは闇の中だからこそ見えるよう様なささやかなものだった。

 雲に隙間ができたのだ、そこから星明かりがもれたのだ。

 無関心だった四人は無意識にそのささやかな清らかな筋を見つめた。

 一瞬だった。

 全天を覆う雲の総てがはじけ飛ぶようにかき消え、磨き上げられたような星々がこうこうと輝き視界いっぱいに広がった。

 そしてそれと同時に辺りを敷き詰めていた闇色の雪が白銀に照りかえした。

 余りの事態に思わず四人はきょろきょろとあたりを見回した。

 「晴れた…。」

 「うん。」

 ひときわ強い風が四人を掠めて吹きぬけ、それが見つめる先で大きな渦になった。
 見えない風がそうなったとわかったのはあたりの雪を派手に巻き上げ、らせん状に吸いあげたからだ。

 子供たちは思わず立ち上がり、それを凝視した。

 突風は周囲の雪を天高く持ち上げそれを上空からあたりにまき散らした。
 星明かりがその飛沫一つ一つをきらめかせて彩りを添える。

 「なんだこれ…!」

 マックが思わす声を漏らす。

 「ああっ…。」

 ニネットは両手で口を押さえた。

 「これは… 」
 
 「いや、こんなのたまたまだ!」

 ネオが否定した。

 この時期に起こり得るはずの無い竜巻は天を覆いかねない勢いで立ち昇り月明かりを受けて輝いた。
 しかしなにより驚くべきはそれではなかった。

 「みて!」

 ニネットが体をいっぱいに伸ばして指差した。

 巨大であるにもかかわらず、その場から一切動こうとしない竜巻の中にそれは確かに見えた。

 大樹。

 いまだかつて見た事もないほど巨大な大樹がその中にあった。
 
 全員が息をのんだ。

 星明かりを受けてなのか、あるいは自らそうしているのか、大樹には光の玉がちりばめられていた。

 それだけではない、竜巻がさえぎる中よくよく見れば柊の飾りや羊飼いの杖、金色のベルまで輝いている。

 目の前の光景が日常から逸脱しすぎていて言葉が出ない。

 そんなことはおかまいなしに竜巻はさらに雪を巻き上げ、そして派手にそれらを撒き散らして唐突に消え去った。

 大芝生のエリアのあちこちにどさどさと雪が落っこちて重い音を立てる中、四人の子供たちの前には竜巻の何倍も巨大な大樹がそびえていた。

 闇を照らすかのように内から光をにじませ、数え切れないほどのオーナメントで身を飾り、あちこちにろうそくの灯をともして、確かにそれは目の前に登場した。
 その幹があまりにも太いので向こう側の景色が一切見えなくなってしまうほどにそれは巨大だった。

 ジャスティンは一歩踏み出し、そして見上げた。

 視界いっぱいが張り出した枝でふさがれ空が一切見えなくなっている。

 上が見えないものだからベツレヘムの星があるのかどうかは見えないが、これは間違いなくクリスマスツリーだ。しかも、想像を絶する大きさの!

 「ジャスティン!」

 黄色い声にジャスティンは振り返った。

 「来たのよ!サンタさんが!アハハ!」

 ニネットが胸に両手をあてて身を乗り出して叫んだ。

 「来たのよ!ジャスティン!見て!こんな大きなツリー!私見た事ないわ!きっと世界中のどこにもないはずよ!」

 小躍りしながらニネットはジャスティンに駆け寄るとその手を取って大樹に引っ張って行った。

 「そんな馬鹿な…。 論理的にあり得ない。だってそうだろ?!」

 ネオが目を見開いたままそう漏らしたが、マックは穏やかな表情で微笑んでいた。

 「こりゃ、反論の余地がないな。」

 「けどマック!こんな事ってあるかい?」

 狼狽するネオをマックは笑った。

 「認めるしかないだろネオ、他にどう説明するってんだ?姿は見てなかったさ、けど人間業じゃない。こりゃ、本物の仕業だ。」

 マックの見つめる先でジャスティンはニネットにとられた手を大樹に押し付けられていた。

 「ほら!本当にある!すごい!すごいよジャスティン!」

 「あ、ああ… 。」

 自分の手と幹を交互に見てジャスティンはようやくそう漏らした。

 「ジャスティン!」

 ニネットがジャスティンの顔を下から覗きこむ。

 「来たんだよ。サンタさん!ジャスティンの所に。」

 「そうか… え? そうか、来てくれたんだ。」

 「うんっ!」

 いつもよりも大きく頷くニネットの姿にジャスティンはようやく表情を取り戻し、そしてもう一度空を覆う偉大な大樹を見上げた。

 「来たんだ!」

 「うんっ!来たよっ!」

 「来たんだぁっ!」

 「うんっ!」

 叫ぶジャスティンにニネットは何度も頷いた。

 「奇跡が起こった!」

 「違うわよジャスティン。」

 ニネットは小さくかぶりを振った。

 「何が違うのさ。」

 「これは奇跡が起こったんじゃないわ。起こる事が当たり前に起こったのよ。」


   第三幕:大人達の夜


 最初にそれに気づいたのはニネットの父親だった。
 枕元にそっとプレゼントの箱をおくと布団を深くかぶって眠っている愛おしい娘の寝顔を見ようとそっとそれをめくった時に発覚したのだ。

 「ニネットが居ない!」

 小学生の娘が真夜中に寝床にいないなんて事があってたまるだろうか!

 ニネットの父親は妻にそれを告げ、娘と親しくしていた友達の親に電話をかけた。
 親に内緒でクリスマスのパジャマパーティでもしてくれていれば良いとそう願ったからだ。

 所が同性の友達の親の総てからそうではないと言う確認が取れてしまった。
 次に連絡したのは幼馴染のジャスティンの家だった。
 まさか男の子の家に泊まりに行くなんて事はないだろうが何か知っているかもしれないと思ったからだった。

 連絡を受けたジャスティンの母は事態の深刻さを感じ、息子を起こしてでも何か知っていないか確認を取ろうとした。
 所が、なんとジャスティンも寝床にいなかったのである!

 ニネットの父親は警察に連絡する事に決め、ジャスティンの母親は防寒具を着こんで真冬の空の下に息子を探しに出かけたのだった。

 街に出たは良いものの、一体どこを探してよいものか見当もつかない。
 ひとまず彼が夕食に使っていた店や、子供が立ち寄りそうな所に見当をつけてあたり始める。

 まれに見る寒波は大人であってもこれほど厳しいものであるのに小さな子供だったらどれほど辛いものだろうとふと考えた。
 凍える様なビル風に阻まれたり、積もったばかりの雪に足を取られながらうんざりするような思いをしながら店を訪ねたりしてみたが、クリスマスイブのこの時間に営業している所など一つもなかった。

 試しに息子の通う学校にも行ってみたが、門は固く閉ざされていた。
 かすかな希望をかけて守衛に頼んでみたが、子供の出入りの様子は一切ないと断言されてしまった。
 それでも母親が必死なものだから守衛は一応念入りに見回ってみることを約束してくれた。

 凍りつくような夜の中で楽しげなイルミネーションで彩られた都会の街をジャスティンの母親は爪先から頭のてっぺんまで凍てつかせながら歩いた。

 手先が凍えすぎて痛みが酷くどこかで温めたかったが息子がそう言う目にあっていないかと思うとどうでもよくなった。

 彼女はショックを受けていた。
 家計を支えるために働かなくてはならなかったが、息子はそれを理解してくれていると勝手に思っていたのだ。そして今回息子がなぜこのような事をしたのか全く理解できなかったからだ。

 寒々とした煌びやかな闇の中でジャスティンの母親はその事実に気付き、そして気づいていなかった事にさえ気づき、愕然とした。

 自分は何をやっていたのだろう。何のために仕事を優先していたのだろう。そこに正当な理由などあるのだろうか。

 次々と自責の念が湧きあがってきた。

 母親でありながら息子に甘えさせてあげないどころか自分が甘えていたのではないだろうかと。

 母子家庭である事がハンデであると思わせないために仕事には一切支障が出ない印象を持たせ続けるため、人よりも有能であるように印象付けるため、自分はどれほど母親である事を放棄してきたのだろう。

 家に戻ると無理から解放されてつい疲れが出て、息子と向き合うことをせず明日職場で戦うための準備をしてしまう。
 息子を探しながら自分は息子が行きそうな、興味を持ちそうなものがなんであるか知らない事にも気づかされた。

 でも仕方ないじゃない、偏見から職を失ったりしたら生活を支えられなくなるのだもの。いくらか仕事を優先してもそれは無理もない事よ。そんな言い訳を自分にして見せた。
 しかしその一方で、そう言う事をしている後ろめたさからジャスティンに向かい合う事ができなかったのではないの?と言う別の自分の声も聞こえていた。

 12月の寒さだけではなく自責の念がジャスティンの母親を凍えさせていた。

 探すべき場所がわからないものだから彼女はやみくもに計画性も無く歩きまわった。
 寒さのあまり足が上がらなくなって来てもそれでも歩いた。

 意識がもうろうとし、足元がおぼつかなくなってきた頃、偶然にもニネットの父親に出会った。

 彼もまた娘を見つけられずにいたようだった。

 ニネットの父親はジャスティンの母親が限界に来ている事を見てとり、一度自分の家に連れて行く事にした。

 ふらつく彼女を支えながらニネットの父親は歩き、途中合流した妻と共に家に迎え入れた。

 「ああ、情けないわ!どこを探していいのかわからないなんて!私は母親なのに!」

 ジャスティンの母の言葉にニネットの父親は自分の不安も押し殺しながら言った。

 「落ち着いてください。もちろん子供たちは見つけ出します。でもその前にあなたが倒れてはそれもできない。妻が今ココアをいれてきます。それで温まってください。」

 「こんな事をしている場合ではないんです!」

 彼女の言葉にニネットの父親も声を荒げた。

 「わかっています!しかし、もう一度言いますが、我々が倒れては見つける事は出来ないんです。少しの間体を温めて体力を戻しましょう。」

 ココアを入れたニネットの母親がカップを一つジャスティンの母親の前に置く。

 「さぁ、あがってくださいな。そして少し考えてみましょう。あの子たちが何を考えてこんな事をしたのか。多分ニネットもジャスティンも同じ所に居る筈だわ。」

 ジャスティンの母親はカップを取り上げてこっくりうなずいた。

 口にしたあたたかい液体が凍えた気持ちをゆっくり静かに解きほぐしてゆく。それが涙に代わってしまった。

 ニネットの母親がその肩を抱き、そっと額を寄せた。

 「ごめんなさい、いなくなったのはうちの子だけじゃないのに。」

 「だから協力し合いましょ。何か手がかりになる事はないか三人で思い出してみましょう。」

 その言葉にジャスティンの母はさらに声を震わせた。

 「あの子がニネットをそそのかしてこんな事をさせたとしたら私どうしよう!あなた達にどう謝ったらいいの?」

 ニネットの両親は顔を見合わせた後、父親が穏やかに言った。

 「まだそうときまった訳じゃないでしょう。ジャスティンの事は小さい頃から知っているが、曲がったことをする子じゃない。横断歩道で困っていたお婆さんの手を引いてあげる様な子だからね。仮にジャスティンが原因だとしても相応の理由があると私たちは考えますよ。」

 「だからそう言う事よりも今は子供たちの居場所について考えてみましょう。」

 ニネットの母親も言う。

 「そうね。」

 もう一口ココアを飲むとジャスティンの母親は頷いた。

 「ニネットが夜中に抜け出す理由…。あたかもいるように見せかけていた以上これは計画的な事で事件じゃないのは確かだ。」

 「でもあなた、クリスマスイブによ?サンタさんが来る日に抜け出す子供なんて釈然としませんわ。」

 二人の会話を聞いていたジャスティンの母親はかすかに目を見開いた。

 「ちょっと確かめてみたい事があるの。一度家に戻らなくちゃ。」

 「何か思いだしたのですか?」

 「もしかしたら、です。」

 立ち上がったジャスティンの母親の様子にニネットの父親も小さく頷く。

 「なら、車で送りましょう。」

 少し時間がたったのち、三人はジャスティンが住むアパートにたどり着いていた。

 古い形式のカギをあけ、ジャスティンの母親が寝室まで速足で進んで行くとやはりと声を漏らした。

 「どうしましたか。」

 後から入ってきたニネットの父親が言うとジャスティンの母親は自分を罵倒した後言った。

 「靴下が置いていないの。毎年毎年、とても目立つ派手で大きな靴下を、あの子はすぐわかる所に置いてあったの。サンタさんが見逃さないようにね…。」

 「それが手がかり…?」

 ジャスティンの母親は小さく頷いた。

 「笑わないでくださいね。あの子は、ジャスティンはサンタを信じようとしているんです。だから毎年、彼に手紙をだすの。自分の居場所と欲しいものを書いて。でもうちには暖炉は無いでしょう?」

 そう言いながらジャスティンの母親は暖房の排気口に近寄った。
 そのすぐ横に封筒が置かれていた。

 「なんで気付かなかったのかしら。いかに家庭に対して無関心だったか思い知るわ。」

 ジャスティンの母親はその場で封を切り、中を取り出した。

 「酷い母親だと思ってください。リクエストに応える自信がないから一度も開封した事が無かったんですよ。」

 そこに書かれている文字に目を通しジャスティンの母親は軽く唇をかみしめた。

 「何かわかりましたか。」

 「ええ。」

 一度にネットの父親にそう言い、ジャスティンの母親はそれを読み上げた。

 「親愛なるサンタクロース 僕はジャスティンです。
  これまで僕は一度も贈り物をもらった事がありません。
  きっと良い子でいる事が出来なかったのだと思います。
  でもこれ以上僕はいい子になる自信はありません。なので今回でおねだりは最後にします。

  世界で一番大きなクリスマスツリーを下さい。
  他のものは一切要りません。

  僕はあなたを何年も待ち続けました。でも今回来なかったらもうそうしません。
  今度のイブの晩、この街の中央大公園の芝原で待ちます。
  そこならきっと見つけてくれますよね。

  ジャスティン 」

 ニネットの両親は声をあげた。

 「中央大公園だ!もしかしたらニネットもいるかもしれない!さっそく行きましょう!」

 それからほどなくして、記された場所で四人の子供が背を預け合って座り、意識を失っているのが発見された。

 命が危ぶまれる低体温症ですぐさま病院で処置を受ける事になったのだった。
 

   第四幕:クリスマスの昼過ぎ


 目を覚ましたジャスティンは見知らぬ部屋にいる事に気づいた。
 状況を把握しようと寝床から身を起こすと突然横から何者かにしがみつかれてしまった。
 それがあまりにもきつかったものだからなんだよと悪態をついてしまう。

 「ジャスティン、あなたって子は…。」

 震える声の主が自分の母親であることを知り思わず身を固くする。

 母親はジャスティンの顔に両手を這わせ、じっと見つめた。
 そしてハッとなり涙を流した。

 「ごめんなさいジャスティン。」

 ジャスティンは狼狽した。
 クリスマスツリーが届いた後自分はどうやって戻ったのだろう、なぜ母親が泣いているのだろう。
 
 「母さん、俺どうなっているの?」

 「ああ、そうね、お医者様が言うには問題ないみたいよ。」

 「医者?」

 確かにそこは病室のようだった。

 「俺、怪我でもしたの?」

 それで記憶でも飛んでいるのだろうか。

 「そうじゃないわ。」

 「よくわからないけど、なんで母さんが俺に謝るの?」

 母親は心からすまなそうな顔をした。

 「それはね、あなたの顔を知っているつもりだったんだなってわかったから。」

 「どういう事さ。」

 怪訝そうな顔をするジャスティンを胸に抱きしめ、母親は罪を告白するかのように言った。

 「さっきあなたの顔を見た時にね、気が付いたの。あなたの顔を見たらあなただってわかるのだけど、あなたがどんな顔をしているのかわかっていなかったんだって。私はあなたと向かい合っていなかったのね。」

 母親の言葉の意味がわからずジャスティンは返事ができなかった。

 「お母さんを許してちょうだい。」

 「許すもなにも…。 夜中抜け出したのは俺なんだけどね…。」

 「ええ、そうね。そうさせてごめんなさい。」

 身を放そうとしない母親に戸惑っていたジャスティンだったが、他の者が同じ部屋にいる事に気づき、慌てて放してくれるように言った。

 隣のベッドでニネットが父親に静かに叱られている所だった。

 その向こうではネオが両親に号泣されて困っていた。

 一番向こうではマックが父親にこっぴどくしぼられている所だった。

 自分たちの命が危うかった事を告げられ、四人はなぜそんなことをしたのか問い詰められた。

 口を開いたのはマックだった。
 マックはサンタが実際に来るかどうか確かめるためだったと言ったが、賭けに関しては黙っていた。

 マックの父親はそんなくだらない事の為に寒空で夜を明かそうとしたのかと再び怒鳴り散らした。

 「そんなことをせんでも毎年サンタはやって来ているだろうが!」

 「そうなのかな。」

 マックが言うとマックの父親が当たり前だと再び声をあげた。

 「今朝だって最新新ゲームのセットがちゃんと届いていたんだ!サンタはお前がいなくてさぞ面喰ったろう!こっちは捜索願を出すやら待ち中探しまわるやら大変だったんだからな!」

 「もうしないよ。」

 マックはうなだれてみせた。

 「当たり前だ!まぁ、とにかく無事でよかった・・・。」

 マックとその父親のやり取りが続いているさなか、ジャスティンの母親が息子を再び見つめて言った。

 「ジャスティン、それでどうだったの?」

 「え?」

 母親は息子の顔をまっすぐに瞳に映していた。

 「サンタさんは来たの?プレゼントはもらえた?」

 ジャスティンは一度目をそらし、こう言った。

 「母さん達が俺達を見つけた時、なにがあった?」

 「あなた達が居た以外には無かったわ。」

 その答えが来ることは想像していた。
 一晩で巨大な大樹が突然現れたのなら自分たちの事だけではなくその事についても大人たちは矢継ぎ早に聞いてくるはずだ

 「じゃぁ、それが答えなんじゃないの…?」

 ジャスティンはつまらなそうにそう答えた。

 「見た事もないほど大きなツリー?!馬鹿らしい!」

 向こうでマックの父親が息子の話を聞いて笑い飛ばした。

 「さっき医者が言ってたがな、体が冷たくなりすぎると幻覚を見るそうだ、お前が見たのはまさにそれだよ。」

 その言葉に子供たちは自分だけが体験した訳ではなかった事を認識した

 「おじさん、私も見たわ!とっても綺麗な大きな樹だった!」

 ニネットがマックの援護をする。

 「はん、集団幻覚ってやつだよお嬢ちゃん、見たいって思ってたものが同じだとなる事があるのさ。」

 「父さんは見ていないからそう言ってるだけなんだ。」

 マックがそう言った。

 「ああ、あの日は寒かったしな、遠くの摩天楼がそう見えても仕方ないからな。」

 マックの父親が手を振ってそう答える。

 そのやりとりを見てジャスティンは首をすくめた。所が意に介さないものが居た。

 「ジャスティン。」

 母親は息子の顔を両手で支えて言った。

 「私は私が見たことを聞いているのではないの。あなたに聞いているのよ。プレゼントは届いたの?」

 自分から視線を外さずにまじめな顔を向ける母親を見てジャスティンはふと思った。
 こうやって最後に視線が繋がったのは果たしていつだったろう。

 息子はすぐには答えなかったが母親は辛抱強くそれを待った。
 そして小さな声で答えは返った。

 「届いたよ。」

 「なぁに?もう一度言って。」

 「届いたとも!」

 今度は大きな声だった。

 「サンタは来たんだ!俺達は全員それを受け取った。あれは嘘じゃない!もし今、あそこにツリーが無かったとしても、俺達が居た時にはあったんだ!」

 「そうよ、間違いないわ。」

 ニネットがはなれた所からそう言った。

 ジャスティンの母親はそれに振り返らずただ息子を見ていた。
 そしてしばらく黙っていたのちにこれまでジャスティンが見た事もないくらい柔らかに表情を和らげた。

 「そう。」

 「ああ。」

 「来たのね。」

 「来たよ。」

 「よかったわ。ジャスティン。」

 息子を胸に抱きしめてジャスティンの母は深いため息をついた。

 「なんだよ、笑わないのかよ!」

 母親の腕の中でジャスティンは抗議の声をあげた。

 「どうしてよ。あなたが良い子だって認められたんじゃない。母親としてこれは喜ばしい事だわ!そうだ!あなたが大丈夫な様ならこれから買い物に出かけましょう!」

 ジャスティンは身を引き放し母親の顔を見た。

 「買い物?!」

 「そう!まずレストランで食事をして、その後あなたへのプレゼントを買いに行くの!素敵でしょ?サンタさんのプレゼントにはかなわないかもしれないけれど、それでも少しくらいは喜んでくれるのでしょう?」

 「なんだよそれ!うちにそんな余裕ないだろ。」

 母親の様子がおかしいのでジャスティンは戸惑っていた。

 「なによ。クリスマスくらいいいじゃない!その代わり、しばらくごはんは質素にする必要はあるかもだけれど…。」

 「無理すんなよ。もうサンタにもらったよ!」

 だがジャスティンの母親は引き下がらなかった。

 「だから今度はお母さんがあげるのよ!なんだっけ、ジャスティンが好きなの、えっと… マスクドライバー?だっけ?あれのなんかこう… つけるの!それ買いに行こう!」

 周りに注目されだしたためジャスティンの顔が染まり始める。

 「そうじゃないよ… そんなの欲しがる歳じゃないよ…。」

 「何よ良いじゃない、ちがうの?じゃぁまって?必ず思い出すから…ええと…マスクが付いていたのは確かなのよ… 。」


 終幕:賭けの結果


 教室の中でジャスティンは生徒達に囲まれていた。

 「よう、良い子のジャスティン、サンタさんは来てくれたかい?」

 「ロックフェラーよりでかいツリーってどこにあるんだよ。」

 ジャスティンは彼等に向かって悪かったなぁと答えた。

 「あれは俺へのプレゼントだったからお前達には見えなかったんだよ。」

 「なんだよそれ!認めろよ!」

 一人が詰め寄った。
 それを止めたのはマックだった。

 「よせよ、賭けはジャスティンの勝ちだ。」

 周りがどよめく。

 「おいおいマック、お前までどうしちまったんだよ。まさかサンタが来たなんて言うのか?」

 マックの横からネオがそっと耳打ちする。

 「マック、あれは幻覚だったらしいぜ?賭けはマックの勝ちだよ。」

 「お前はそう思うのか?ネオ。」

 すごむでもなくただ素直な表情でマックはネオに言った。

 ネオは当たり前のように首を振っている自分に驚いた。
 だがすぐ慌てて付け加える。

 「けどどう考えてもあれはまともじゃないよ。」

 「ああ、その通りだ。」

 マックも頷いた。

 そしてジャスティンに進み出る。

 「これはお前のだジャスティン。俺の元に届いたサンタを語る偽物からのプレゼントだ。勝ったのはお前だ。俺も人から聞いたら信じないし、今でもアレがなんだったのかわからない。けどな、これだけは言える。あそこにツリーがあった事よりも、今ない方が俺には不自然なんだ。まともじゃなかろうがなんだろうが、そんなことは問題じゃない。俺は居ると思う。いや、思うじゃない。居るよ。サンタは。」

 「マック。」

 ニネットが遠くでそう漏らした。

 「ああいうのはさ、多分本当に体験した奴じゃないとわからないんだと思う。サンタに会うってのはそう言う事なんだ。」

 ジャスティンは突き出された未開封のゲームのセットを見つめながらしばらく黙っていた。

 「お前が受け取らないと俺が男として成り立たないんだよ。」

 「そうだな。」

 ジャスティンはマックと目を合わせてそう言うと両手でそれを受け取った。

 「けどなマック、うちはでっかいテレビもないし、こう言うの結構電気代食うんだろ?お前んちに置かせてくれないか?その代わりいつでも好きなだけ使っていいからさ。たまにお前んちに行った時に相手してくれよ。」

 思ってもみなかった申し出にマックは目をぱちくりした。

 「図々しいか?」

 そう言いながら受け取ったものを相手に差し出す。

 「いや…」

 マックはかぶりを振って受け取り返した。

 「ああ、それで良いならそれで良い。なら、いつでも来てくれ。」

 「ああ。」

 ジャスティンは微笑んだ。

 「ってわけでニネット、お前のおままごとセットも要らないからな。」

 マックの言葉に顔を真っ赤にしてにネットは違うものと言った。

 「大体サンタさんは欲しいものじゃなくて必要なものを届けてくれるんだからっ!」

 「なぁんだ、参考書でも届いたのか―。」

 ネオの言葉にジャスティンが笑った。

 「ジャスティン、笑う事ないでしょ?私は味方をしてあげていたのよ?」

 「悪かったよ。今度ままごとでも人形遊びでも相手するから。」

 「馬鹿にして!」

 小さく膨れて背を向けるニネットにジャスティンは囲いをこじ開けて寄って行った。

 「そうじゃないよ。感謝しているって言ったのさ。本当だよ。」

 するとニネットはくるりと振り返って微笑んだ。

 「ならよろしい。」

 12月25日以降、ジャスティンの日々は少しだけ変わった。

 母親とかわす言葉が増え、視線が合うようになった。

 いくらか自分に自信が持て、人に少しだけ優しくなれた。

 他にも色々小さな何かがわかった気がするがこまごました事はジャスティンにはわからなかった。

 ただ言える事は、ジャスティンは間違いなくサンタクロースから贈り物を受け取ったと胸を張れる事である。


2017-12-24 00:10  nice!(2)  コメント(1) 
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コメント 1

takehiko

お久しぶりの物語、堪能させていただきました。
やっぱりすごいなぁ!

こんなのどうやって・・・無理に決まっている・・と
胸が苦しくなる展開からの、想いもつかなかった出現と
納まるべきところにきちんと納まり
あたたかな余韻の残る着地点に、しばらく言葉もなく瞑目しました。

これは僕にとって新しいクリスマスキャロルになりますね^^
毎年必ずクリスマスが来ると拝見したくなることと思います。
素晴らしい物語を、本当にありがとうございました。

by takehiko (2017-12-24 00:50) 

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