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黒いムシチョウのお話 (KAWASAKI★ZZR400さんに捧ぐ) [Livly Island]

 真夜中の空の様に落ち着いた黒色の羽毛を携えた手が無造作に虫を放る。
と、それまで元気のなかった若いパキケが全身の毛を逆立ててそれを追い、即座に頬張った。

 「オイオイ、アニキに礼を言うのが先じゃないのかね。」

 小さく鼻息を抜きながら橙色のピグミーが肩をすくめてぼやく。
パキケは何かを言おうとしたが当然言葉を発する事が出来ず、もごもごやりながら何度も自分へ食事を与えてくれた立派な角をつけた黒いムシチョウにへこへこと頭を下げた。

 「このお方はな、聖…イテッ!何すんですかアニキ!」

 「余計な事は言わなくていいんだ。」

 けどアニキと続けるピグミーを無視して聖秀吉はパキケに「いつもを期待するなよ。たまたまだ。」とだけ告げ、即座に姿を消した。

 「あ、アニキー!」

 ピグミーは『追跡』の術を使いそれを追った。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 初めはさほど問題になるほどではなかった。ただ、毎日もらえていた食事がそうではなくなった。
空腹を抱える事はあったが、しばらく我慢していればまたお腹いっぱい与えられたし、その時は頭を撫でてもらえる事もほとんどだった。
だから少しの寂しさを感じる事はあってもその事に対して極端な不安を感じることはなかった。
 ピグミーは飼い主が大好きだったのだ。


 
 いつの頃からだろうか、飼い主はあまりピグミーを散歩には連れ出さなくなった。どうしたのかなとピグミーは思った。ピグミーにとって散歩はとても大きな楽しみの一つであったし、なにより飼い主と出かけられ、同じ時間を過ごせる事が嬉しかったのだ。だから飼い主もきっとそうだと思っていた。
 そんな素敵な事を我慢しなくてはならない飼い主の状況をピグミーはいくらか心配した。



 飼い主がピグミーに会いに来る頻度がぐんと減って、散歩にも連れ出してもらえないものだからピグミーは前よりも寂しくなった。
飼い主の事は大好きだったが、自分の事ももう少し見て欲しかった。だから生まれて初めて反抗してみた。
 飼い主がいない間にお気に入りのおもちゃを少し持って島を飛びだしたのだ。
自分が居なくなればきっと飼い主は心配するだろう、そして自分の名を呼んで探すに違いない。
 それを思うと少し胸が痛んだが、ピグミーは構って欲しかったのである。
 大好きな飼い主に名を呼んで欲しかったのである。



 ピグミーが家出をした回数は一回ではなくなっていた。家出した先の島で別のリヴリーの飼い主に親切にされた事もあったが、大切にされているそこの子を見ているうちにいたたまれなくなって飛びだしたり、行った先から厄介者として追い出されたり、やはり家出してきた別のリヴリーとしばらく暮らした事もあった。
 けど結局自分がしている事に罪悪感を感じたり、飼い主がしているであろう心配に胸を痛めて島に戻るのが常だった。
 たいていの場合、飼い主は自分が家出をしていた事に気づいていなかった。そんな時ピグミーは飼い主に隠し事を作った事に引け目を感じたり、逆に悪い子であったことがばれていないことにホッとしたりするのだった。



 いつしかピグミーのもとに飼い主が現れる事がまれになっていた頃、酷く深刻な事態が起こった事があった。
それは、タイミング良く事務局が見回り(飼い主たちはメンテナンスと呼んでいるらしい。)に来る事もなく、散歩中の別のリヴリーとその飼い主たちが通りすがる事もなかった期間があったのだ。
 ピグミーはこれ以上ない位な空腹を抱えていた。
 歩きまわる気力もなく、ただぐったりと地面に倒れ、頭の中は食料となる虫の事ばかりが思い浮かんだ。
 飼い主の名を呟いてみるも、飼い主は散歩に行くことすら後回しにしなくてはならない事情があるのだから構う訳にはいかないのだろうと思った。そんな飼い主をピグミーは気づかい胸を痛めた。
そして自分の事ばかりかまって欲しいと思った己を少し責めた。


 
 ピグミーの意識がはっきりしなくなってきた頃の事だった。
 不意に体が持ち上げられ、誰かの腕の中でゆっくり上体を起こされると小さな水差しの口を咥えさせられた。
 からからになった口内や喉が少しずつ潤ってゆくとようやくピグミーは周りを見る事が出来た。
 それは黒い安らぎだった。
 艶やかで大きな角、夜の闇の様に落ち着いた羽毛。大きな体躯と知的な眼差しは頼りがいありそうに思えた。
 彼はピグミーを軽々持ち上げ片腕に抱ていて今まさに小さなスプーンを口に咥えさせた。
 清涼感のある香りと癖のない味わい。空腹と心の傷が少しずつ癒えてゆく。どうやらフサムシをすりつぶしたもののようだった。

 「大丈夫か。」

 「ああ…誰…?」

 「たまたまだからな。いつもだと思うな。だが今は腹を満たせ。」

 あふれ出る涙に視界を奪われながらピグミーは体を震わせて泣いた。
 痛くなった喉で飼い主の名を呼んだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ピグミーが追いついた先の島で聖秀吉はその島に住む青いクンパにフサムシを与えていた。

 「言っておくが、何度もタイミングよく来るなんて思わない事だ。」

 「それでもアンタは来てくれた。ありがたいありがたい。ずっと待っていたんだ。」

 嬉しそうに食事をするクンパを見てピグミーは微笑んだ。

 「アニキ、良かったですねぇ。」

 「良いものか。」

 黒いムシチョウはややまゆをつってそう言うと再び別の場所へ飛んだ。

 「もー、アニキ照れちゃって―。」

 そうして行く先々で聖秀吉は空腹にうめくリヴリー達に食事をふるまって行った。
 ピグミーはにこりともしない聖秀吉にいくらか疑問も持っていたが、彼の行動のあたたかさになぜか自分が誇らしく感じていた。
 聖秀吉はそうは言わなかったが、行く先々は食事を必要としているであろうリヴリーが居るケースが多かった。それはあたかも餌を運んでいるかのように思えた。そしてどうやらこれは聖秀吉の飼い主さえ知らない彼の独断で行われている事のようだった。

 多くの島を回った後、誰もいない島にやってきた聖秀吉は岩の上に腰をかけてクロムシを取り出し自分の口に放った。

 「やっと一休みっすね、アニキ。」

 「お前も喰うか?」

 「おれっちですか?ん~… おれっちはなんかお腹空いてないんですよね。」

 「そうか。」

 クロムシをほおばった相手を見てピグミーはしみじみと言った。

 「思えばおれっちもアニキには何回もごはんもらったんですよね。お腹が減ってもうダメだ―って思うとアニキがばばーんって現れて、おれっち本当に助かったなぁ。」

 が相手はたまたまだと顔をそむけた。

 「アニキはおれっちのヒーローですよ。きっとみんなそう思ってます。」

 「勝手に祀り上げるな。不愉快だ。」

 聖秀吉は眉をひそめた。

 「そんな嫌な顔する事ないじゃないですか。」

 ピグミーは心から慕う相手の前に立って言った。

 「アニキは飼い主さんと散歩している時もアニキの飼い主さんが大勢のリヴリーに餌配っているんでしょう?だからアニキもやってるんですか?」

 聖秀吉はちらりとピグミーを見た後そういうわけじゃないと呟いた。

 「じゃぁなんでなんですか。」

 「色々あるのさ。それから念を押しておくが…」

 「わかってますよ。飼い主にはばれないようにでしょう?おれっちは口がかたいんですよ。」

 ピグミーは口を縫い合わせる仕草をした。

 聖秀吉はしばらく地面を見つめてクロムシを食べていたが、ついと顔を上げピグミーに言った。

 「今から行く所はついてくるな。」

 「え~?何言ってるんですかアニキ。おれっちはどこ行くにもアニキと一緒ですよ。」

 どんと胸を叩くピグミーに聖秀吉は一度眉を寄せたが勝手にしろともらした。

 この人は口と態度は悪いがとても温かいリヴリーだとピグミーは心から思っていたしずっとついてゆくと決めていたのだからのけ者にされるのは心外だと思っていた。
 どうして自分がそこまで彼に心酔しているのかピグミーは考えてもいなかったのだ。
 けれどピグミーが慕う相手を追った先で見た物はほほえましい光景では決してなかった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 「どうして…?」

 かすれた声でワタメが言った。

 「それは俺の役目ではないからだ。」

 聖秀吉は確かにそう告げた。

 「だって… だって… 今までずっと… ずっと… くれたじゃないか… 」

 「言ったはずだ。いつもを期待するなと。それに、前回これで最後だと言った。その前は次で最後だとも。」

 ピグミーは最初何の事だか理解できなかった。
 憔悴し、立つことすらままならないワタメを前に、聖秀吉はただ見降ろしていた。

 「おね… がいです… 何か… 食べるものを…」

 「だめだ。」

 ピグミーが慌てて聖秀吉に駆け寄った。

 「アニキ!このここのままじゃまずいよ!下手したら死んじゃうよ!助けてあげましょうよ!」

 だが聖秀吉はワタメから視線を全く外さずに黙っていろと一喝した。
そのあまりの迫力にピグミーは小さな悲鳴と共に跳ね跳び、ワタメはびりびりと毛皮を震わせた。

 「どうして… そんな  意地悪を… 」

 「意地悪ではない。お前に餌を与えるのは俺ではないだろう。」

 ワタメはしばらく黙った。
 そして、そして静かに涙をこぼした。

 「きっと僕の飼い主はね… 忙しいんだ… 人間は… 色々あるんだ…」

 「ああ、あるだろうな。」

 「でも… もう少ししたら来てくれるんだよ。そう、もうすこし… きっと明日には来てくれる…」

 「なら明日まで待つがいい。」

 「でも… 」

 ワタメは再び涙を流した。

 「お腹空いたんだ… お腹… 空いたんだ… 何か食べたいんだ… 」
 
 弱々しい声にピグミーまでもが悲しくなってきた。

 「アニキ…おれっちからもお願いしますよ。だって 他の子にはいつも… 」

 聖秀吉は言った。

 「お前の飼い主が現れなくなってどれくらい経つ。いつも言ってたな。きっともうすぐ来てくれる。自分は良い子でいるからもうすぐ会える。家出しちゃったからちょっと罰が当ってるだけだ。きっと今は特別忙しいか風邪を引いちゃっているんだ。もうすぐ自分の誕生日だからその日にはきっと会える…。」

 「やめてよ… 」

 ワタメが呻くように言った。だが聖秀吉はやめなかった。

 「だれだれさんのとこは久しぶりに飼い主が来た、今度は自分の番だ。」

 「やめて… 」

 「新しいイベントが始まったからきっと飼い主が参加する為に来てくれる。」

 「もうやめて… 」

 「人間世界では夏休みになったそうだからもうすこしで来てくれる。」

 「お願い… 」

 「きっと夏は夏バテだったんだ、冬休みなら大丈夫!こんどこそ僕の所に来てくれる。」

 「だって… 」

 「年末年始は忙しいから、だから春休みこそ。」

 「… 」

 「お前の飼い主はいつ戻ってくるんだ!」

 ワタメは声を上げて泣き出した。
 立てなくなるほどの飢えで衰弱した体で、全身を震わせて嗚咽した。

 「ア… アニキ… 」

 身も心もずたずたになっているワタメを見つめ、聖秀吉は拳を握っていた。

 「お前の飼い主は、もう戻ってはこない。」

 「来るもん!」

 「いいや来ない。誕生日だろうがイベントがあろうが暇になろうがお前がどんなにいい子にしていようがっ!… 来ないんだ。」

 「そんなのわからないじゃないですか!」

 悲鳴のようなワタメの泣き声にピグミーが割って入った。

 「そんなのわからないですよ。ホントに明日来るかもしれません!明日じゃなくても明後日かも!そんなのさすがのアニキでもわからないはずですよ。なにさアニキ!良い人だと思っていたのに!そんな冷たい事言うことないじゃないですか!」

 「お前はどうしろというんだ。」

 ワタメを見つめたまま聖秀吉はピグミーに言った。

 「飼い主に会いたがっているんです。今助けてあげなきゃ会えないじゃないですか。」

 そこで初めて聖秀吉はピグミーに向いた。

 「ならいつなんだ。」

 さほど大きな声ではなかった。怒気も含まれてなどいなかった。だが、ただただそれは胸に刺さる迫力を持っていた。

 ピグミーは沈黙し、動く事もうなだれる事も出来ず、ただただ自分が慕う相手を見つめた。
 これは聖秀吉が餌を運ぶ手間に対する不満やいつまでも現れない飼い主に対する苛立ちから出た言葉なのではないとすぐ理解できた。
 いつ来るともしれない相手を待つ身の不毛さに、先が見えない終わりに募り続ける莫大な精神的負荷に、長引けば長引くほどすりつぶされてゆくワタメの心に対する思いなのだとわかった。
 待つ身がどれほどつらいのか、そしてそれがいつまで続くのかわからない事がどれほど残酷なのか、ピグミーはどうしてかそれが理解できた。
 聖秀吉はそれを言ったのだ。

 「いつなんだ。いつまでこいつは待てばいいんだ。」

 「じゃ… じゃぁアニキは…」

 ピグミーもなぜか大粒の涙が止まらなくなっていた。

 聖秀吉は再びワタメに向いた。
ワタメは嗚咽しながらかすれた声で「だって来るんだ、もう少しで会いに来てくれるんだ」と繰り返していた。

 「本当にそう思うのか?そうあって欲しいだけじゃないのか?お前がそうあって欲しいように飼い主は今まであってくれたのか?」

 その言葉は遠まわしに飼い主にとってワタメは大事な存在ではなくなったのだと告げていた。
それは飼い主を慕うようにつくられているリヴリーにとって恐ろしく残酷な告知であった。
それを事もあろうにリヴリーがしたのである。

 ワタメは一度完全に沈黙した後、今度は喉がつぶれんばかりに号泣した。
 聖秀吉は膝をつき、彼を抱きしめた。
 ワタメは彼の顔を非力な力で殴ったり爪でひっかいたりしたが聖秀吉はされるがままにただ大事そうに泣きじゃくる相手を抱きしめた。



 ワタメの体力はそう長く彼を暴れさせることはできなかった。
今や黒いムシチョウの腕の中ですっかり顔色を失い人形のようになった彼はそれでも時折飼い主の名を呟いていた。

 聖秀吉はワタメの身をはなすと彼の顔とまっすぐ向き合って言った。

 「お前には今二つの道がある。お前が言うように明日まで飼い主をここで待つか、今死ぬかだ。」

 「アニキ何を言って… 」

 「どうする。」

 ワタメはうつろな瞳を聖秀吉に向けた。

 「それはどういう意味…?」

 「それは」ムシチョウは相手のまなこをしっかりと見据えた。
 「お前が生きたいかどうかって事だ。」

 ピグミーはその言葉を聞いて背筋がびりびりとした。
何かとても大事な事があった気がするがそこには触れない方が良い気もした。ただ、あまり気分の良いものではなかった。

 ワタメは自分の両肩をつかんでいるムシチョウがあまりにも真剣な顔をしているものだから言葉に詰まってしばらく相手を見つめ返して
いた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 悪寒を感じさせるような暗がりの中、不気味な高笑いが響いていた。
 宙に浮く人形の頭の首から触手が伸びている。いや、人形の頭の中に触手を持ったリヴリーが潜んでいるのだ。
 ダークヤグラと名乗るこのリヴリーが管理するリヴリー引き渡し所と呼ばれる場所に三人はいた。

 「聖秀吉さん、またなんですね。本来こういうのは…」
 
 「説教は聞き飽きた。」

 「ふむ、聞き飽きるほどこういう事を繰り返されましてもねぇ… と言いつつも、なんというか… 」

 「あんたは何も知らない。あんたが寝ている間に俺が勝手にやったことだ。あんたに責任はない。だからとっとと寝てくれ。出来れば鍵をかけ忘れてだな。」

 ダークヤグラは不気味な笑い声を上げた後、巨大な鉄格子のついた扉の鍵をあけた。

 「やばいですよアニキ!鉄格子の向こうになんかでっかい化け物が!!」

 ピグミーが慌てていると聖秀吉は躊躇なく扉に手をかけた。
ダークヤガラが急いで寝た振りをする。

 「アニキ!」

 所が扉を開いた先は鉄格子の向うの闇などではなかった。
光が燦々と降り注ぐあたたかい草原であった。

 「ここは…」

 ワタメが目を見開いて辺りを見回す。

 「秀吉!」

 その声に三人が向くとピグミーが見た事もない管理リヴリーがそこに居た。

 「また連れてきたのね。」

 「他の連中は元気にしているのか。」

 「気になる?」

 その時、近くの木陰からわっとピキが飛び出してきた。

 「角のクロムシチョウさんだー!」

 「おまえか。」

 飛びついて来たピキを受け止めつつ聖秀吉は相手をくるくる回して降ろしてやった。

 「ふっきれたか。」

 まだ幼いであろうピキは小さく俯いたがすぐ顔を上げて言った。

 「飼い主のこと思い出して悲しくなっちゃうこともあるけど、それだけじゃダメなんだよね!だって、ワタシはワタシの為に生きてなくちゃなんだもん。要らない子になったんじゃなくて、飼い主がワタシがいなくても大丈夫になったんだよね。だからワタシも飼い主がいなくても大丈夫になるんだ。それにみんな仲良くしてくれるからもうさみしくないんだぁ。」

 「そうか。」

 「えへへ。」

 ムシチョウに頭をなでられピキはにっこり笑った。

 「みんな呼んでくる!」

 「それはやめろ、うっとおしいのは苦手なんだ。それよりこいつをみんなの所へ連れて行ってやってくれ。お前と同じように生きる事を選んだんだ。」

 それを聞くとピキは目を輝かせ、聖秀吉が押し出したワタメの手を取った。

 「じゃぁお友達だ―!ウフフ!はじめまして!」

 「あ、ああ、はじめまして…。」

 ワタメは戸惑って聖秀吉を見たが彼が小さく頷くのを見て引かれるがままに彼女に従った。

 「会って行ったらいいのに。」

 管理リヴリーの言葉に不器用なムシチョウはどの面下げて会えると言うんだと答えた。

 「みんな感謝しているわよ。時々あなたの事話してる。」

 「やめてくれ。」

 彼は右手で払う仕草をした。そしてその後相手をしっかり見つめて言った。

 「あいつはとても傷ついている。よろしく頼む。」

 管理リヴリーはくすくすと笑った。

 「ここに来る子たちはみんなそうよ。どういう経緯であってもね。でも任せて。私はその為に居るのだから。」

 自分の胸に片手を当てる管理リヴリーを見て聖秀吉は小さく三度頷いた。

 「さ、長居は無用だ。」

 「人間にばれたら大変だものね。勝手な事をしている事が。」

 その言葉にじろりと相手を見た聖秀吉は余計な事は言うなよと念を押した。相手も当たり前でしょと答える。

 事情をうまく呑み込めていないピグミーの首根っこをひっ捕まえて黒いムシチョウはその場を後にした。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「ええとつまり、アニキはあのワタメをどうしたんですか?」

 ピグミーの言葉を背に、引き渡し所に送り届けたワタメそっくりのダミーを彼の島に転がしながら聖秀吉はこう答えた。

 「殺したのさ。」

 「殺した?だってあいつ元気にしてましたよ。ごはんだってアニキからたっぷりもらって食べたじゃないですか。飼い主待つんじゃない

んですか?」

 「もう待つ必要はないんだ。あいつはくびきから離れた。リヴリーが飼い主の生活の枷になるのも良くないが、飼い主がリヴリーの重荷になるのもダメだ。だからそういう時は関係を解消しなくてはならない。俺はそう思っている。もちろん選ぶのは本人だが。」

 いかにもそれっぽくダミーの死体を整えた聖秀吉は小さく漏らした。

 「見つけてもらえればまだいい方だな…」

 「おれっちは難しい事は良くわからないけどやっぱリヴリーは飼い主と居る方がいいんじゃないかなぁって思いますよ。」

 ピグミーはどうしても飼い主との決別を決めたワタメが幸せだったのかどうかわからなかった。

 「その通りだな。」

 「おれっちがあのワタメだったら… 」

 「その辺にしておけ。お前はあのワタメじゃないんだから。」

 「そうですけどねぇ…。」

 一瞬何かが蘇りそうでピグミーは背筋に悪寒を感じた。

 「どうした?」

 「いえ… なんか… なんでもないですよ。」

 自分を真剣に見つめる眼差しが脳裏によみがえる。

 「あれ…?」

 少し前に見ていたワタメと聖秀吉のやり取りがなぜか頭の中でぐるぐると回り出す。空腹で死にそうなワタメ、帰ってこない飼い主、詰め寄る黒いムシチョウ。
 ワタメが救いの手を求める、飼い主を待つために。それに応じず現実を叩きつけるムシチョウ。

 飢餓。

 孤独。

 願望。

 現実。

 お腹空いた、お腹空いた、お腹空いた、おなかすいた、おなかすいた、おなかすいた。オナカスイタ、オナカスイタ、オナカスイタ…

 スイタノハ オナカ?

 寂しい、寂しい、寂しい、さびしい、さびしい、さびしい、サビシイ、サビシイ、サビシイ…

 コンナニサビシイノニ アノヒトハサビシクナイノ?

 会いたい、会いたい、会いたい、あいたい、あいたい、あいたい、アイタイ、アイタイ、アイタイ…

 ココロガ イタイ…

 コンナニ コンナニ… コンナニクルシイノニ ドウシテソバニイテクレナイノ…? 

 ボクハ イイコニシテイルヨ…

 ヒトメアエタラ キット ソレダケデ ゲンキニナレルノニ

 ワライカケテクレタラ セカイハ カガヤクノニ

 ボクハ アト ドレダケ マテバ イイ…?


 急激な吐き気を覚えたピグミーは体を震わせて頭を抱えた。


 絶望。

 オナカスイタ サビシイ アイタイ オナカスイタ サビシイ アイタイ オナカスイタ サビシイ アイタイ

 オナカスイタ サビシイ アイタイ オナカスイタ サビシイ アイタイ オナカスイタ サビシイ アイタイ

 オナカスイタ サビシイ アイタイ オナカスイタ サビシイ アイタイ オナカスイタ サビシイ アイタイ

 ナゼコナイ ナゼコナイ ナゼコナイ ナゼコナイ ナゼコナイ ナゼコナイ ナゼコナイ ナゼコナイ ナゼコナイ

 キテホシイ キテホシイ キテホシイ きてほしい きてほしい きてほしい 来て欲しい 来て欲しい 来て欲しい!

 視界いっぱいに広がるまっすぐな眼差しと残酷な言葉。

 『死ぬまで待つか、今ここで死ぬか。』


 恐怖のあまりピグミーは悲鳴を上げた。

 異変に気付いた聖秀吉は慌てて弟分に駆け寄った。

 「どうした。」

 「アニキ… 」

 「どうしたんだ?」

 「おれっち… 」

 ピグミーは小刻みに震えながら弱々しくアニキと慕う相手の手を取った。

 「おれっち… 最後に餌食べたのいつだったけかなぁ… 」

 聖秀吉は一度目を開き、そして閉じた後ゆっくり相手を見つめた。

 「さぁな…」

 「やですねぇ アニキ、優しいってのは時にずるいってことですよ。」

 聖秀吉は少し間をおいた後声を落として言いなおした。

 「一年、いやもう少し前だった。」

 「…そうですかぁ… 道理で誰もおれっちに話しかけない訳だ。でもいいや、アニキだけはおれっちを見てくれてたから。」

 「アニキアニキってうるさい奴をむげにはできんだろう。」

 「あはは!アニキ、うるさいは酷いなぁ。」

 聖秀吉は相手にまっすぐ向いて言った。

 「お前だけだ、最後まで飼い主を待とうとしたのは。おれが死なせたんだ。」

 「やめてくださいよアニキ。」

 ピグミーは笑った。

 「今ならよく思いだせます。死んだショックでその時の事全部どっかに忘れてきちゃってたんでしょうね。アニキはさいごまでおれっちに生きるよう説得してました。おれっちは途中から意地になって無理やり食べさせようとした餌だって吐きだしたんだっけ。絶対飼い主が来るって…。おれっちは強情で申し訳なかったです。アニキの言う事聞いてりゃこうじゃなかったんですね。」

 「その通りだ。だが… お前は後悔していないんだろ。」

 ピグミーは首をすくめた。

 「あちゃー ばれてますね。おれっちは飼い主の事がきっとすごく大好きだったんだと思う。信じたかったんだろうなぁ。でも今は名前さえ思い出せないや。悪い子だなぁ…。」

 舌を出したピグミーに聖秀吉は小さくかぶりを振った。

 「それはお前がお前を救わなかった飼い主を責めないために自分の中からその名を消したんだろう。お前は馬鹿がつくほど従順なリヴリーだよ。」

 「そっかぁ… アニキがそういってくれるんならちょっと救われるなぁ。」

 ピグミーの体は輪郭がややぼやけていた。

 「でもアニキ、どうしておれっちをずっとそばに置いてくれたんです?やっぱ罪悪感とかからですか?」

 「決まっているだろ。」

 聖秀吉は相手の両肩をつかんだ。

 「舎弟だからだ。」

 ピグミーはほろりと涙をこぼした。

 「そうかー、おれっち飼い主はいなくなっても一人ぼっちじゃないんですね。アニキ、ねぇアニキ。おれっち、ひとりぼっちじゃないんですねぇ。」

 「あたりまえだ。お前は俺の舎弟だからな。」

 「そうかー、嬉しいなぁ。嬉しいなぁ。でも、もう行かなくちゃいけないみたいです。ちぇーってな感じですよ。」

 ピグミーの姿は薄らいでいっていた。

 「そうか。」

 「えへへ、やっぱ自覚しちゃったのがいけなかったんでしょうかね。やっと舎弟って言ってもらえたのに。」

 「言わなくてもずっとそうだった。あたりまえだろ。」

 ピグミーは再び大粒の涙を流した。

 「アニキ、別れたくないよ。二回も大事な人をなくしたくないよ!」

 「なくさない!俺はお前と共にいる。お前も俺と共にある。俺はお前の飼い主とは違う!俺はお前と共にある!だから、心配するな!」

 「そっかぁ、アニキが言うならそうだね。おれっち、ずっとアニキと一緒だ。うん、距離じゃないってのがなんかわかってきた。ああ、もうそろそろみたいだ、じゃぁ行くね…。アニキ、ずーっとずーっと、ありがとう。」

 「ああ。」

 「大好きだよ。アニキ。」

 「ああ。」

 すうっと浮かびあがったピグミーの体はふんわりと光を帯び、そして世界に溶け込むように揺らぎながら消えて行った。

 夜の闇の様な落ち着いた黒のムシチョウは光の無くなったその辺りをいつまでも眺めていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 よろよろと力なく飛んできたケマリに黒いムシチョウはフサムシを与えていた。

 「いつもだと思うな?たまたま通りかかっただけだ。」

 その島には『餌不要!勝手に盛るな!』と書かれてあった。

 「餌不要のわりにずいぶん長い事ありついていないようだな。」
 
 ケマリは小さくうんうんとうなずいて再びフサムシをほおばった。

 「俺の飼い主はリヴリーが好きすぎて三匹じゃ飽き足らず、他人のリヴリーの面倒まで見ているお人よしだ。だが人間がみんなそういう奴らばかりじゃない。リヴリーは飼い主を選ぶことはできないが生き方は選んでいいと思うぞ。」

 「えっと、旦那は何の話をしているのですか?」

 ケマリが小首をかしげる。

 「否、聞き流してくれ。」

 聖秀吉はその島を後にした。



 今や誰も住まなくなった島に現れた黒いムシチョウはそこに建つ墓標を背に大声を上げた。

 「お前らがっ!!お前らみたいなのが居るからっ!!だからこういう奴らが増えるんだろっ!!俺の舎弟はっ!!あいつは最後までお前を信じていたんだぞ!!命を失うその瞬間までお前が来ると疑わなかったんだ!!お前には過ぎた奴だ!!馬鹿野郎!!」

 声はどこにも届かずただ静寂が返ってきただけだった。

 「黙っていろ、俺らしくないかどうかなんて関係ない!俺は腹が立っているんだ!おまえだってそうだろう!…」

 「…ったく!わかったよ!そういうとこ変わらないなお前は。」

 一度キッと天井を睨んだ聖秀吉だったが『花』の術を使った。
辺りに満開の花が咲き乱れはじめる。

 「え?そう言われてももう出しちまったもんしょうがないだろ。」

 次々生じる花の海の中で聖秀吉は肩をすくめた。

 「確かにな。一緒に居るんだから必要ないわな。え?ああ、もう立ち去るとこだ。…あのなぁ、俺は別に腹減っている奴のとこを回っている訳じゃなくてだな、…まぁとにかく行った先にたまたまそういう奴が居たんじゃ仕方ないってだけでな。」

 角をつけた黒いムシチョウが去った後、花に埋まった島が残った。
 墓標はそこにあるがそれはただのアイテムにすぎない。
 その島には今、誰もいないのだから。


2016-05-05 09:30  nice!(5)  コメント(2)  トラックバック(0) 
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